POPPER MAGAZINE #01
今井ロレンツォ辰之介
四代目今井園当主
創業75年の茶屋で生まれた、イタリアと日本のハーフ。変わりゆく茶産業の中で、お茶の時間や文化、精神性という日本人が育んできたものを、保存・伝播していくために、実家の茶屋を4代目として継ぐ。

なぜ、仕事を辞めてお茶屋を継ごうと思ったのですか?
今井: きっかけはこれ!みたいな感じではなかったです。
当時会社員をやってて、まず「ちょっと俺、月金で働くの無理だな」ってずっと思ってて。でもじゃあ「何か自分でやるぞ!」というのも違うな、と。どうしようか考えていた時期がありました。
そんな時に一人暮らしを始めて、お茶屋の2階で生まれ育った時のことを思い出していました。
ご飯のあと、食器を片付ける前にとりあえずお茶が食卓に並んで、みんなでお茶飲みながら喋る時間があって、実家ではそれが当たり前だったんです。
たわいもない話でも、真面目な話でも、一回ポーズしてゆっくりする時間。あれってめちゃくちゃいい時間だったなって。そして、お茶をみんなで囲んだその時間にこそ価値があるんじゃないかと気づきました。
それで「お茶いいな」って思っていたところ、お茶屋の叔父から「別に誰も継がないし畳むかな」と話を聞いて、そのタイミングが噛み合って「それはもったいないな」となり、そこから継ぐ方向に動きました。
今はお茶屋にはまだ叔父が立っていて、ぼくらは主に3人でチームを組んで様々なところでイベントを企画などをしています。


いきなりイタリアのサルデーニャでのイベント。その経緯について教えてください。
今井: オーストリアでブランドを手伝ってくれている友人がいて。彼女が「イケてる日本食レストランをみつけた!」となって、飛び込み営業をしたところかなり気に入られて、お茶を仕入れてくれることになったんです。そこからイベント実現につながりました。
当日は、「リモンチェッロ×煎茶」や「アマレット×ほうじ茶」など、イタリアのリキュールと日本のお茶を合わせたカクテルを出しました。
後から知ったことなんですけど、そこのお店普段は2.3ヶ月予約がとれないようなところだったんです。笑 だけど、その時だけ流しで営業してくれて、
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